秋田公立美術大学卒業・修了展2021
秋田公立美術大学卒業・修了展2021
「へば、」
東北圏で使われる「へば」という方言には別れ際の「じゃあね」という挨拶としての意味の他に「そうであるならば」という接続詞的な意味があります。
今年度は新型感染症の影響で、「そうであるならば」という接続詞が繰り返された一年だったように思います。
古い概念にとらわれず、新たな芸術領域の創造に挑戦する本学だからこそ今の状況を肯定的に捉えて、そこから新たな価値を創造していくために「へば」という言葉をテーマに掲げました。
【開催日時】令和3年2月17日(水)〜2月21日(日) 10:00〜18:00(最終入館17:30まで)
※初日のみ開始時刻13:00から ※最終日のみ最終入館16:30まで
【開催場所】秋田県立美術館 1階県民ギャラリー(〒010-0001秋田市中通1丁目4−2)
秋田市にぎわい交流館AU2階展示ホールほか(〒010-0001 秋田県秋田市中通1丁目4−1) 秋田公立美術大学サテライトセンター(フォンテAKITA6階)(〒010-0001 秋田県秋田市中通2丁目8−1)
【主 催】秋田公立美術大学卒業・修了展2021実行委員会/秋田公立美術大学
学長賞
「なぜなら、ここにいるからである」
佐々木 大空 Sasaki Sora
(ビジュアルアーツ専攻)円錐状に吊られたテーブルに乗り、弦を擦って音を発する。奏者の不安定な体重移動により張力が変化し、筐体が軋む音と相まった即興演奏が展開される。『身体』『楽器』『音』の新しい関係性を生み出した野心的な作品である。作者はこれまでも多様なアプローチで実験的な楽器( 音の出る装置) を数多く制作している。彫刻、身体表現、サウンドアート、多領域を軽やかに横断しながら自分のテーマを探求し結実させた優秀作品と言える。
立体作品
学長奨励賞
「後悔を抱きしめる」
岡﨑 未樹 Okazaki Miki
(アーツ&ルーツ専攻)作者は「生と死」を主題に、他者との対話を重ね、事実に基づいたフィクションとして長編映画と小説による作品を完成させた。祖父の死にしっかりと向き合えなかったことに後悔を抱き、改めてその死と家族の関係をたどる。祖父に対する思いを家族に手紙や聞き取りなど様々な方法でたずね、さらに医療や葬儀の関係者への聞き込みをし、膨大なリサーチを重ねた。本作において興味深いのは、人と人との距離だ。コロナ禍のこの一年の状況もあって、映像には直接的な人同士の交わりはほとんどない。しかし、肖像を描き、長距離を移動し、山にのぼり、さらに手紙のことばを噛みしめる行為は、もう出会えない死者を想い、送り出すことと絶妙に共鳴するのだ。まさに後悔を抱きしめ、未来へと向かう態度がかたちになった作品だ。
映像作品 小説
複合芸術研究賞
「個の身体から思考するー「キウイ大学校」の実践を通してー」
日比野 桃子 Hibino Momoko
(大学院複合芸術研究科修士課程)作者の研究は、身体表現というテーマを過去に類を見ない秀逸なプロジェクトとして展開させている。作者はオルタナティヴな身体論で知られる野口三千三による「原初生命体としての身体」を発展させ、社会的規範や属性から解放された、誰もが元来有するオリジナルの身体を「キウイの身体」と名付けた。そして、自らの身体を素材として「踊り」や「体操」といった概念を再定義したうえで、人々がそれを獲得するための「教材」を開発し、通信制の「キウイ大学校」を運営する。これら一連の意表をつく展開は、もとより偶然による産物ではなく、多彩な研究の基軸が計画的に複合されたものだ。作者は限りある修士在籍期間に西馬音内盆踊りの踊手としての実演や、八戸における神楽の習得など、多様な実践に果敢に身を投じたが、その経験から得た「伝統や環境に規定される身体の自由と不自由について」の分析にも「キウイの身体」は依拠している。地域文化の実体験とその理論化が理想的なバランスを持つ研究である。
実践体験
複合芸術研究賞
「人生のプロセスを区切る図像表現と時間観ー「老いの坂」と「人生の階段図」を中心としてー」
林 文洲 Lin Wenzhou
(大学院複合芸術研究科修士課程)作者は、本論文において、図像解釈学(イコノロジー)をベースとしながら、死生学と歴史学を見事に複合させ、人間による「区切る」という根本的行為(営為)の在り方に深く踏み込んでいる。また先行研究と比べて、図像の比較から人生を「区切る」という事柄自体に焦点を当てている点に、特にオリジナリティが感じられる。さらに、日本人の「区切り」を規定する際に欠かすことのできない概念として「ハレ」と「ケ」があるが、本論文では、この「ハレ」という概念が「折」と「節」という農業と狩猟に結びつくものであり、またそれらは「区切り」でありながら緩やかな過渡性を持ち、直感的なものであるという説得力ある議論を展開している。修士課程の二年という短い期間で、「老いの坂」と「人生の階段図」に関する古今東西の膨大な資料を整理し、その中から重要な要素を抽出の上、比較考察を行い、最後まで破綻なく論じ切った力は卓越しており、本研究および本論文は、今後の複合芸術研究科における重要な指標となるものと思われる。
論文
きらり早瀬眞理子賞
「星霜」
鶴飼 かおり Tsurugai Kaori
(ものづくりデザイン専攻)目指すべき方向性が見えた時点から、作者は毎日朝から晩まで熱中して陶芸と向き合い続けた。より美しいかたちにしたい、より自分の求める色合いに近づけたい、というおもいを抱きながら次々と新たな実験と失敗を繰り返し、ようやくひとつのかたちとして結実したのが今回の作品である。原土を混ぜたつち・轆轤挽きのかたち・Dry Glaze を用いて出した質感等が見事に調和している。
立体作品
秋田県立美術館館長賞
「魂蔵」
春山 あかり Haruyama Akari
(ものづくりデザイン専攻)技術的完成度が非常に高い立体作品である。複数の加飾技法を組み合わせて、球体や半球状の形態に塗り重ね、磨き上げることで表出するマチエールの美しさが際立っている。一つ一つの表情から感じられる、吸い込まれるような感覚は、作者自身の心の内を表している。「キラキラと輝くもの」、その先にある作者の思いを感じ取ってほしい。
立体作品
秋田市長特別賞
「加工日記ちゃん」
高野 美思 Takano Mikoto
(コミュニケーションデザイン専攻)毎年生まれる美術大学の卒業制作の中には言葉で説明出来ない「ワタシの感覚」をテーマとした、議論を受け付けないかのような作品が少なからず作られる。本研究は「ワタシの感覚」を出発点としながらも、「ワタシの美」と「言葉」と向き合う姿勢が、「普通に」成長する中で帯びる女性への偏見や社会が抱えるコンプレックスを顕にする。数多の「ワタシの感覚」をテーマとした作品とは一線を画す優れた研究である。
SNS投稿 映像作品
秋田魁新報社特別賞
「モノマトペ」
太田 凪 Ota Nagi
(コミュニケーションデザイン専攻)オノマトペは何かを伝えるにはすこし曖昧である。しかし伝えたい気持ち、伝えたい様子を優しく包み込んでくれる言葉である。デザイン作品はともすれば狙いや解決ばかりに価値が置かれがちである。丹念に各利用シーンと向き合いUXを開発することで、デザイン作品はシンプルで邪魔にならないモノになる。この作品のように狙いが明確でありながらもやわらかい表現を実現したことは評価に値する。
ポスター 立体作品
ABS秋田放送特別賞
「Odd(s)」
佐藤 光 Sato Hikari
(コミュニケーションデザイン専攻)世界観を作り込むために物語のプロットからメインビジュアルの制作まで、本来は多くのプロフェッショナルが分担して行う作業を展示までつなげる能力に驚かされる。メインビジュアルの完成度を筆頭とし、各工程は高い水準で表現されている。物語は実験台とされた少女たちによる権力への反抗と破壊、逃亡をテーマとし、テクノロジーの発展による個人への抑圧にとどまらず、権力機構自体の危うさを批判的に表現する。
ポスター 立体作品
AKT秋田テレビ特別賞
「私とお話ししましょう」
佐藤 美咲 Sato Misaki
(ビジュアルアーツ専攻)読者と「本」とのコミュニケーションを促すことを目的とした作品。本に人格が設定されており、読者が問いかけや会話文に答える形で直接「本」に書き込むことで、これまでにない「本」との関係や読書体験が得られるもの。商品化も視野に入れた完成度の高いユニークな作品となっている。
書籍
AAB秋田朝日放送特別賞
「face」
三待 あかり Mimachi Akari
(アーツ&ルーツ専攻)静かで暗い空間に様々な木の面が浮かび上がる。木の鼓動が聞こえてくるような今までに出会ったことのない異界をつくりだした。作者は、秋田の地で様々な木に出会い、採集した木片から面を彫る。その彫り出した面をまた森などにそっと置いてくる。自然への畏敬の念なのか、何らかの儀式にも思える行為を続けている。これまで大きな写真の面は、秋田の森の中などに存在させて来た。そう、時空を超えて展示空間の写真と、森などに置かれた面はつながり、実と虚、陰と光の存在のあり方を淡くも強烈に映し出していると言える。陰翳礼讃、暗さの中に光る生命感、作者の木の素材に向き合う姿勢、修行僧のように彫る行為は、現代の美術の枠を超え、他に類を見ない根源的な表現の獲得に成功した傑作となっている。
インスタレーション作品
CNA秋田ケーブルテレビ特別賞
「インサイダー・アーティスト」
西尾 葉月 Nishio Hazuki
(ビジュアルアーツ専攻)作者は、卒業制作の大作絵画に取り組む一人の同級生を被写体に選び、ビデオ映像によるドキュメンタリー作品にまとめた。そこには、被写体となった同級生が「絵を描く」という創造行為によって過去の不自由さを克服し、自立した個人として成長する姿が、静かに表れる。インタビュー・シーンも抑制が効いており、美大生としての作者が、同じく美大生である同級生を客観視する距離感も興味深い。美術大学ならではのテーマ性と表現意欲は高く評価できる。
映像作品
あきびネット特別賞
「空舞台」
松井 美帆 Matsui Miho
(景観デザイン専攻)監視社会の高度化がもたらす将来の社会の危機という一般的な課題を、公共空間における「禁止」とそれに対する私たちの態度という身近で個別具体の次元から明らかにしようとするコンテクストの整理、社会と禁止看板を「舞台」と見立てて美術表現をおこなう比喩の技法の採用、作品表現の構想とデザイン、さらには実地制作の実践を通した公共空間の内部観察およびそのドキュメンテーションなどの異なる活動が効果的に複合された、卒業制作のあらたな地平を切り開く作品として高く評価する。
写真作品 映像作品