秋田公立美術大学卒業・修了展2022
秋田公立美術大学卒業・修了展2022
いつもの中に、「!」は潜んでいる。“Discovery” is hidden in the everyday.
私たちは、秋田という地に根ざしながら、既存のジャンルに囚われない学びを通じて、新しい芸術領域の探求・発信を日々行ってきました。その過程において、この世界に潜んでいる「喜び」や「驚き」を自らの視点で“発見”することこそが、創作活動の原点や新たな行動のきっかけになると感じています。
こうした発見を「!」として表し、今年度のテーマとしました。
本展覧会では、私たちの発見から生まれた多彩な創作の出発点から到達点までをご覧いただけます。作品やイベントなどでの交流から「!」が皆さまの中にも芽生え、日常の中で新たな視点をもたらすきっかけになることを願います。
【開催日時】令和4年2月16日(水)〜2月20日(日) 10:00〜18:00(最終入館17:30まで)
※初日のみ開始時刻13:00から ※最終日のみ最終入館16:30まで
【開催場所】秋田県立美術館 1階県民ギャラリー(〒010-0001秋田県秋田市中通1丁目4−2)
秋田市文化創造館(〒010-0875 秋田県秋田市千秋明徳町3-16)
【主 催】秋田公立美術大学卒業・修了展2022実行委員会/秋田公立美術大学
学長賞
「ほどける声」
徳川 美稲 Tokugawa Miina
(景観デザイン専攻)人は家を建てるとき、さまざまな想いを託し、丁寧に時間をかけてつくりあげる。一方、その解体は、大抵の場合、あたかもゴミを捨てるが如くあっけないものだ。作者はこのような無惨な住宅の末路を断固拒否する。本作は個人的な体験の発露を起点としながら、大量消費、大量廃棄が巣食う住宅産業の現状に問いを投げかけ、ごく私的な家族の物語に、より開かれた批評的な視座を授ける。家自体を主人公に据える、というユニークな発想のもと、家を構成する構造材や生活道具が自在に動きながら語り部となり、それらの声なき声が心に響くストップモーションアニメーションの快作である。
映像作品
学長奨励賞
「描身を現す」
鈴木 悠可 Suzuki Yuka
(ビジュアルアーツ専攻)作者は絵を描くことの喜びと苦しみを生活の一部に血肉化する情熱と強固な意志を持ち、一貫して「絵画」を制作してきた。制作時間(作者の思考や感情、行為)の推移と鑑賞の時間という異なる時間軸を、分割したキャンバスに切り取られたフレームの中で、季節の移り変わりのみでなく、ひいては絵画史(具象画から抽象)さえも想起させている。絵画制作上に現れる、心理的+物理的双方のプロセスの中の出来事、例えば「創造したイメージを解体(破壊)して→再(創造)構築する」を暗示する作品構成が秀逸であり、複数のキャンバスで構成された人体(制作する作者)は、人体のシルエットとしてだけでなく、個々のキャンバスがそれぞれ意志を持って、何らかの(自らの)形状を作り上げているように見える。「絵画」の拡張は逸脱の歴史であるが、「絵画」として踏みとどまりつつも見るものを混乱させるほど、多岐にわたる可能性を本作に凝縮してみせたことは見事という他なく称賛に値する。
絵画作品
複合芸術研究賞
「「地域に擬態する」アートプロジェクトーコミュニティ指向のアートプロジェクトがアートの役割と定義を拡張することに関する研究ー」
谷口 茉優 Taniguchi Mayu
(大学院複合芸術研究科修士課程)作者は地域における作品制作やアートプロジェクトに関与した経験から、地域とアートを二項対立的に捉えることに疑問を感じたことがきっかけで本論文に取り組んだ。論文において特筆すべきは、地域住民が参加者となるアーティスト主導のアートプロジェクトではなく、その場に居合わせた関与者が自ら表現をはじめる「表現が生まれる場」の生成に着目し、そのような活動を「地域に擬態するアートプロジェクト」と定義したことだ。
作者は鳥取の「たみ」と大阪の「ココルーム」に各1ヶ月滞在しスタッフとして働きながら、各団体の中心人物だけでなくスタッフとして働く人や常連客、周囲で関わる人など多くの人にインタビューをし、多方向から丁寧に取材を進め、その実態や過去から現在までの変遷だけでなく、今後の課題なども見出していった。複数の人が赤裸々に素直に語っているのが印象的で、作者の対話力の高さが調査を充実させた要因のひとつとなった。論文は各プロジェクトの詳細な記述に止まることなく、「simuler」と「mimicry」という擬態がもつ二つの意味合いからこれらの活動を考察し、擬態するアートプロジェクトの特徴をまとめあげたことは評価に値する。
アーティストによる作品ではなく人々を触発し新たな表現が生まれる場をつくる活動をアートを拡張するものとして捉える視点は独自で、秋田での複合的で横断的な経験によって培われた作者の研究は、本研究科の特性や可能性を切りひらく嚆矢として刮目すべきものとなった。論文
きらり早瀬眞理子賞
「時雨」
藤原 未弥 Fujiwara Miya
(ものづくりデザイン専攻)時雨の頃見つけた風景を、木という素材の持つ特質を生かし制作された作品である。この作品では卓上面を水面にみたて、波紋のつくりだす凹凸を、凸以外を彫り下げることでかたちづくっている。
作者は日頃の制作の中で、手で彫ることにより生まれる木の表情に魅力を感じてきた。本作品には多くの時間を木と向き合った痕跡が残り、作者がこの材でしか表現できなかった風景が浮かび上がってくる。ひとつひとつの丁寧な仕事に込めた思いが観る者に強く伝わる魅力的な作品となっている。立体作品
秋田県立美術館館長賞
「卒展失敗の為の洗脳実験」
杉澤 奈津子 Sugisawa Natsuko
(アーツ&ルーツ専攻)「敢えての失敗作品」を目標とする「失敗実験」シリーズ。作者は、失敗するために高すぎる目標を掲げ、自ら発明した難読文字を使って小説を執筆。不思議なキャラクターや不協和音をアレンジして、小説をもとに「失敗するアニメーション作品」を制作してきた。卒業制作ではさらに、洗脳装置を使って失敗の記憶を自身に埋め込もうとする。果たして作者は、失敗することに成功するのか、それとも失敗することに失敗し続けるのか。スリリングな実験に巻き込まれた鑑賞者は、知らないうちに二項対立を超えた迷宮に引き込まれる。作者はこの(不)可能な実験に「大失敗」することにより、前人未到の表現領域を切りひらくことに「大成功」してしまうのではないかと、思わず心配したくなる快作=怪作である。
洗脳装置
秋田市長特別賞
「累積」
大場 早也芳 Oba Sayaka
(ものづくりデザイン専攻)ガラスを軸に他素材との多様な混合実験を重ね、作者にとって魅力的と感じられた表情を構成した作品である。新屋浜で採取した砂、同じく新屋浜の海水から摂り出した塩、粘土をガラスと組み合わせ鋳造した。
鑑賞者の記憶に訴えかけるような印象的な造形、新屋の地域性を生かした素材研究、現代のガラスアートとして世界に通用しうる独自性、新規性を高く評価する。立体作品
秋田魁新報社特別賞
「ニーニョ展-世界を旅するたこ焼き生命体-」
川森 公恵 Kawamori Kimie
(コミュニケーションデザイン専攻)「くだらないアイデア」をいかに洗練させるかを求め、作者は博物館における企画展の展示を模倣した。「たこ焼きの皿で海を渡ったらどうなるか」という思いつきを「人類史とニーニョの遭遇」という壮大な妄想へと拡張させ、ロゴマーク、オリジナルフォント、キャプション、標本、様々な文明における歴史資料など全てをデザインし制作した。勤勉な人柄が驚くべき質と量の作品をもって観覧者をその思いつき世界に引き込んでしまう。
立体作品
ABS秋田放送特別賞
「SOUND DIP」
森山 之満 Moriyama Yukimitsu
(ものづくりデザイン専攻)音の周波数特性からできる振動現象「クラドニ図形」をハイドロディップの技法に用い、様々な素材に転写する作品。音が作り出す表現として、新たな価値を提示する。
音楽を巡るカルチャーをベースに新たな表現を試み、その視座を構築する過程を作品にした。作者が作り出した新しい価値観とともに、実行力や挑戦する姿勢を高く評価する。立体作品 平面作品
AKT秋田テレビ特別賞
「住めたらいいのに_」
渡辺 美紀 Watanabe Miki
(ビジュアルアーツ専攻)作者はコロナ禍において、自身の家が気兼ねなく帰巣できるシェルターではないことに気づく。「帰る場所はどこなのか?」この切実なテーマは、ホームシックという矛盾を孕み作者を「家」を主題とした模型製作へと向かわせた。表現された家の表層は米国中産階級を想起させる様式だが、その構造は有機的な細胞分裂にも似て無秩序に上部へと増築された。しかし、機能性が全く無視されているかと思えばそうでもなく、細部には新しい生活への提案も垣間見える。このように、カオスにも似た自由なイメージの交錯をあえて規範や制度を象徴するモチーフ「家」を通して表現したことが、優れて秀逸な作品であると言える。
立体作品
AAB秋田朝日放送特別賞
「めで毛るた-毛の魅力を伝えるかるた-」
坂井 美結 Sakai Miyu
(コミュニケーションデザイン専攻)作者の優れた色彩、グラフィック、クラフトの能力がコミュニケーションデザインに集結し「毛を愛でたい。」という難しいテーマを優れたデザインとして成立させている。楽しみながら多様性の一端を自然に受け入れることが出来るコミュニケーションデザインとなっている。研究の初期段階では社会に対する批判が中心にあったが、「愛でる」というキーワードを発見し中心とすることで表現の方向性も愛情に満ちた個性あるものとなった。
かるた
CNA秋田ケーブルテレビ特別賞
「油屋Season2」
田村 久留美 Tamura Kurumi
(アーツ&ルーツ専攻)サブスクリプションサービスの日常化と無関係ではないのかもしれない。公共(パブリック)あるいは共有(コモンズ)についての問題意識へアプローチする表現作品として興味深い。近代の資本主義社会が個人あるいは法人の所有を前提として成長してきた地域社会への違和感を「油を売る」という突拍子もない行為に焦点を当て、体当たりで表現しているようで魅力的。都市空間に共有の場だけではなく、空所(VOID)な時間を、最低限の装置と仕草で導き出そうと試みる表現者としての態度に大きな可能性を感じる。
映像作品 パフォーマンス作品 インスタレーション作品
あきびネット特別賞
「Meechu♡」
中村 紗弥香 Nakamura Sayaka
(コミュニケーションデザイン専攻)これらの楽しげなイラストレーションとグッズなどの展開は、凝り固まった社会の価値観に軽やかな変換を促し、促された者を幸せにする。この作品は高度な画力に裏打ちされることで、コミュニケーションデザインの優れた効用とアートを学ぶ本学の領域横断教育の価値を明快に示すことに成功している。また、社会問題を自分の問題と同時に昇華させ、指導を通じて作者の人間的成長に立ち会ったように思えた。
イラストレーション作品 平面作品 立体作品