鄭 伽倻
鄭伽倻さんは、夏編・冬編の両方に参加した。これまで「自分が旅をすることにより、入れ物から逃避しているのではないか」との考えがあったことからプロジェクトへの参加を決めた。
「自分自身の生まれ、国籍、言語、名前のちぐはぐさから折に触れる度、宙に浮いたような居心地の悪さを感じてきた 」と鄭さん。そんな彼女が作品のテーマにしたのは「境界」だった。
日ごろは写真家・映像作家として活動しているが、今回のプレゼンテーションでは参加型インスタレーションによる発表形式に挑戦した。
夏の旅では、自分のルーツを探す個別リサーチを敢行した。冬の旅では、レクチャーの中で「国境のない地図」「地図なき道を行く」という話に触れた。2つの旅を経験して「自分なりの境界を表してみたい」と思うようになった。
作品は、ギャラリーに隣接する2階建ての蔵に展示。廃墟感のある倉庫のような1階には、2つの赤い三角コーンを天井から吊るし、トラロープを結んで境界を作った。コーンの中には照明が埋め込まれ、あたり一帯は赤暗い光に包まれた。境界線の下には寝そべられるベンチを設けた。鑑賞者たちはここにいながら、寒く、閉鎖的で、息苦しい身体感覚を共有した。
その後、鄭さんは参加者の靴を脱がせ、急な階段を上がって蔵の2階に案内。2階の部屋は1階とは対照的に、明るく、暖かい空間だった。天井の低い座敷には、雪山を下に忍ばせた2台のちゃぶ台と座布団が用意されていた。主(あるじ)である鄭さんは、お椀に入れた温かい飲み物を参加者に振る舞い、団らんの時間を提供した。「独自に調合した飲み物は、他者や異文化、自身と異なるものの象徴。これを分断された身体の中に取り込むことを意識した」。ロープの仕切りだけではなく、1階から2階への移動や、寒さや暖かさなど、身体感覚においても「境界」を体感できる作品を完成させた。