旅考を語る
岸 健太
―誰が当事者なのか
昨年から夏編と冬編の年2回に分けて開催している「旅する地域考」。多様な海外ゲストやメンターとともに地域を旅する、このユニークな集中型ワークショップはどのように構想されたのか、いかにプログラムされているのか。
企画の中心にいる秋田公立美術大学大学院の岩井成昭さん、岸健太さんに、10分で区切ったショートインタビューで少しずつ話を聞き出していきます。
―岸さんはアーバンスタディズをご専門にされています。今回は、岸さんのそうした専門領域から旅考はどのように見えているのかをお聞きしたいと思います。
岸:まず、アーバンスタディズというのは平たく言えば、都市研究ということになります。ですが、僕は研究という言葉は使っていなくて、建築、社会学、アート、人類学といったさまざまな人文領域を複合させながら、都市から僕らは何を学ぶことができるのか、それをどう生きていくための技術や知恵に転換していけるのかということを考えています。学生たちといっしょに現場に出て、多くの視点からその場所を探るということを行っているので、旅考にもとても近い形を普段からとっているんです。
―インドネシアにも滞在されていたそうですね。
岸:10年ほど前から、現場のひとつをインドネシアのスラバヤにおいています。ものすごく経済成長の激しい時期だったので、都市の姿も激変していて、それでも庶民の生活は意外と大きく変化せずに持続されていた。その変わり方の遅さ、持久力というのかな。資本の力で簡単に変わることがない暮らしのあり方に関心を持って、スラバヤではアーバンスタディズの組織を現地の若い人たちとつくって、今もプロジェクトを進めています。
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岸さんが撮影したスラバヤの市場風景
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―岸さんのスラバヤでのプロジェクト「Operations for Habitat Studies(OHS)」は、ウェブでも記録されていますね。そうした岸さんの知見から、旅考に注入された要素はどんなことでしょう。
岸:アーバンスタディズでひとつの鍵になるのは、誰が当事者なのかということなんです。つまり、都市を対象にしたときに、ほんとの都市住民、市民とは誰なのか。市民権を持って暮らしている人たちだけではなくて、短期滞在の人もいれば移民労働者のような人たちもいるわけで、誰が当事者かというのは土台として常に抱えている問いです。旅考に即していえば、僕らは地域の人って簡単に言ってしまうけど、そう口にしたときに地域が誰ものなのかが固定化され、地域が特権化されてしまう問題がある。地域ということを簡単に定義しないで、いかに個別の関心を前に進めていくことができるのか。これは、旅考のなかで常に考えていることです。
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―いろんな先入観や情報のあるなかで、地域をそのまま受け止めていくようなことでしょうか。なかなか大変そうです。
岸:昨年度は、地域から得たものをその後、作品という形でアウトプットした参加者がいました。その作品を見ると、地域性みたいなものはもうあまり見えなくなっていて、地域から得たもの気づいたことを、自分のなかで翻訳するというプロセスを通して、自身の表現に昇華していました。僕がインドネシアで続けているプロジェクトでも、研究発表という形ではなく、基本的にはアートを通じて表現しています。そうすることで、地域の直訳ではなく、アイロニーやユーモア、あるいは意図的に見るものを混乱させるような、アートでしか伝えられない質感みたいなものがあると思います。
―地域をどう見るか、どう関わるか、そして、そこから何を得て、どんな出力が生まれるか。それぞれにアートだからできることがあるのかもしれませんね。
岸:そうですね。今まで地域がそのよう語られてきたという地域性、土着性を上手に回避していくことも、僕は、アートが持っている力じゃないかと思いますね。
※インタビューのなかで話題にあがったプロジェクトについては、以下のリンク先を参照ください。
「Operations for Habitat Studies(OHS)」(英語ページのみ)