「辺境を掘る夏編」 振り返り座談会
「旅する地域考」の今、未来
鹿角市と小坂町で実施した「辺境を掘る夏編」を終え、「旅する地域考」の企画・運営のコアメンバーである4人が、「夏編」10日間の旅を振りかえるとともに、プロジェクトのこれからについて語り合いました。
「旅する地域考」はいかに進められているのか。現場の雰囲気はどんな感じなのか。冬編の応募を検討している方はぜひ参考にしてください。
●メンバー(写真左より)
柳澤 龍(ファシリテーター)
岸 健太(メンター)
岩井 成昭(プロジェクト統括/メンター)
小熊 隆博(ファシリテーター)
―鹿角市と小坂町を今回の旅先として選んで、実際に10日間の滞在を終えた感想を聞かせてください。
岩井: 秋田の人たちは鹿角を指して、暗に「秋田ではない」と言うことがあるけれど、よそ者の僕が見聞きした秋田の面白い要素が、鹿角にはぎゅっと詰まっているような感じがしていた。しかし、実際に足を運んでみると、お隣の小坂とも違いが大きく、多様な解釈を促す場所だった。今回、「地相」というキーワードを掲げたけれど、それは、あの地域が「地相」という環境の有様に大きく影響を受けている土地で、生活にまで及ぶその構造を透視しやすい場所だと思ったからです。鉱山、地熱、温泉があって、それが信仰や生活様式、ワインや野菜作り、そしてホルモン鍋までたどることができそうな…そんな意味で、鹿角はこの企画に絶好の場所であると同時に、特異な場所なのかもしれない。
岸: 「こういうこともできたかな?」と思うのは、もう少し日数を長めにとって、盛岡の方から入ってみるとか。秋田県側から見た鹿角、小坂もあれば、岩手側から見た鹿角、小坂もある。このプロジェクトでやろうとしているのは、地域を単純化して定義するのではなく、読み込みの幅を広げることだと思うんですよ。僕の感覚からすると、鹿角と小坂は秋田県の奥座敷みたいな印象だったけれども、そうではない位置付けもある。実際にあそこまで足を運べば、宮殿のような役場があって、秋田市から来るのとは別のルートで中央と繋がっているのも見えてくる。もしかしたら東京から新幹線で来た人たちには、違和感なく鹿角の鉱山や建築物などが見えていたかもしれない。そういう経験もしてみたかった気がします。
柳澤: 僕もそれをすごく感じました。マルコ=ポーロの『東方見聞録』には、平泉・中尊寺金色堂の金は鹿角のものだという話が出てきます。どの立ち位置からその地域を見るか。秋田からすれば鹿角は「秋田のはしっこ」でも、鹿角の人から見れば、逆に秋田の方が端かもしれない。フィリップ・バルドさんや岩間朝子さんら、海外から来たメンターがマルコ=ポーロ的な視点で鹿角を見るとしたら、じゃあ、僕の立ち位置はどこがよかったのかなというもどかしさがある。そこがもっと交差できれば面白いだろうなと。
岸: そういう意味では、小坂は、明治時代の中央の富国強兵政策の延長上にあって、東京から来れば自然とそう見えるかもしれない。一方で、今の秋田で生じているイージス・アショアの問題のように、中央によって変えられる地方みたいな構図を背負っている我々こそ、むしろ身近な問題として捉えやすい立場だったかもしれない。僕自身が今回の移動を通して、遠く離れてない問題だなと感じました。
―9人の受講生のプレゼンテーションはどのように受け取りましたか。
柳澤: 儀式的なものが多かったという印象です。
岩井: 儀式的な面も特徴的でしたが、身体的なものが多かったのですよね。これは、高橋淳さんや岩間朝子さんといったメンターの働きかけもかなり影響していると思います。だから逆に、西川智也さんのフォーマルな立場がより際立ってもいました。受講生たちはこの旅で知覚したすべてを頭や手先のみでなく、胃とか皮膚とか身体の隅々まで巡らせることができたのではないかと思います。
小熊: 小坂の康楽館でタビコウの先輩である、佐藤朋子さんのパフォーマンスを鑑賞したのもよかったと思います。
岩井: 佐藤さんのパフォーマンス収録と日程が重なったのは幸運でした。それと、土地の力ですよね。温泉に浸かったり食の力もあって、その身体的な変化に、高橋さんのワークショップやフィリップさんの生活哲学が火をつけた。その結果、アウトプットの方法に幅が出たのではないでしょうか。昨年は最終発表を劇場的な空間で行いましたが、今回はツアー形式で受講生がそれぞれ必然性のある場所を見つけて発表した。これは今後につながりますね。
小熊: 緊張感だったり、ある種、強いられるような状況に追いこまれて生まれるものもあると思いますけど、今回は温泉、食、寝泊まりする場所…毎日、身体が整っていくような恵まれた環境でした。
岸: 単純に、太ったよね(笑)。
小熊: 緊張感が失われていく中で制作ができるかって心配する受講生もいましたけど、整っているからこそゆとりを持って構えられる。そうして広い視野で見られるところもあったと思います。
岸: 「地域を安易に定義しない」ことがうまく達成されているというか、受講生それぞれに決定を先送りして、そのやり方を提示してくれているような気がしました。「このプロジェクトは、最終プロダクトをつくることが目的じゃない」とは明確にしてなかったのに、彼ら自身の中でそういう形で終わらせる方向に進んでいった。分野も年齢も経験値も全然違う人たちが集まっているにもかかわらず、それができているのは、かなり面白いことができているんじゃないかと…自画自賛になりますけど。
―10日間の旅で印象深かったエピソードを教えてください。
小熊: 檜原海都くんの変化ですね。旅の前半は「どうやってついていけばいいのか?」という不安を感じている様子が窺えたんですけれども、本当に何が起きたのかっていうくらいの変化! プレゼンでパフォーマンスをして、川から上がって土器を抱えた彼の顔つき、佇まいもすべてがね。
柳澤: 10年前からこういうことをやってました、みたいな(笑)。
小熊: 彼のなかでも風通しがよくなったようで、今回の旅がすごくいい転機になったんじゃないかな。
柳澤: 僕は、「ワイナリーこのはな」の三ヶ田社長のトークですね。好きな音楽をかけて、全員にワインを浴びるように飲ませ、自分は飲まないという(笑)。今までにないカオスな雰囲気で、自身を完璧に表現している場における学びってあり得るんだと思いました。ただ話の内容から学ぶのではなく、ああいう表現、関わり方もあるんだなと。
もう一つは、岩間さんが、彼女のクッキング・ワークショップをサポートしてくれた地元スタッフの坂本寿美子さんについて、「自分の作品に大きく巻き込むべきではなかった」という反省の弁を述べたことも印象的でした。アートの分野にいる人間が、そうでない人たちを勝手に巻き込み、それをアートの文脈に位置付けてしまうということをなぜか無意識的にやってしまった、と。アーティストとして、自分の表現がどこに結びついてしまうのかを含め、すごく内省していらっしゃった。長い目で作品や芸術のあり方を問うている姿が心に響きましたね。
岸: 自分の領域に囲いこむことって無意識のうちに発動してしまうところがあって、ワークショップの場面で、岩間さんは寿美子さんを紹介したんだけど、そのことでつながりができたように見えて、アートとそうではない人として分断が生まれたかもしれない。すごく注意深くて、風通しのいい岩間さんだから、後からそれを自覚して、しかも、そのことをまたみんなと共有された。一貫しているなと感じました。岩間さんの姿勢に感銘を受けた受講生は多かったと思います。
岩井: 自分の中のハイライトは、佐藤朋子さんのレクチャー・パフォーマンスでした。昨年の「旅する地域考」で受講生だった彼女は、秋田の鉱山に興味を持って1年間リサーチし続け、その地道な成果を今回のプログラムの一つとして見せてくれた。獲得した多くの情報をいかに整理し、削って、咀嚼して、最終形に漕ぎ着けるのかを受講生にも考えさせてくれる内容でした。その後、佐藤さんは10月に「鉱山の露光」という展覧会を開きましたが、まさに僕らが今回の旅考で地域を彷徨いながら見つけた光が、そこに差し込み、露光し焼きついたような作品でした。これは「旅する地域考」が今後も継続する可能性を示す好例だと思います。
小熊: 今までは対象地域をどこにするか、どういう人を招聘するかを重視してきましたけど、これからは「どういう人を育てたいか」という部分にもっとフォーカスして、プログラムの枠組みを考えてもいいですね。都市型のアートマネジメント人材育成事業では、アーティストやアートマネージャーを職業として目指す人に限られて、そこからこぼれることが少ない気がしますが、それを秋田だからできるという強みにしていきたい。
岩井: 「旅する地域考」は、とても贅沢な企画なんだよね。普通では考えられないようなところにお金を使って、ゲストもたくさんいて、移動しながら合宿する。予算を含め、長い継続を視野にいれたサステイナブルな「種」を残さければ。
柳澤: 旅の後半に5日間滞在した「Bar & Stay Yuzaka」のオーナーさんは、「今回の宿泊は、ものすごく意義があった。開業して最初のお客さんがあなたたちでよかった」と話してくれました。「旅する地域考」を受け入れることが、宿のブランドになるということも起こるかもしれない。
岩井: 実際に参加すれば間違いなく楽しいけれど、外から見ている人にはわかりにくいですよね。だから、ブランド化させるなら、うまくプロモーションしていく必要がある。
岸: どういう人物を育てたいか。輩出したい人物像を先に提示するだとか、あるいは、佐藤朋子さんのようにすでに成果を残した人たちの存在も重要になってきます。それがきちんと提示できれば、外部からの助成がなくても、「自費でも参加したい」というプログラムになってくるんじゃないかなと思います。単に地域社会を褒めそやしたり、引っ張りあげるのではなく、あり方そのものを批評的に見ていく段階にきているはずで、そのためにも自前の資金というのも考えておきたいところ。
柳澤 僕らがこの地域に住む人間として考えたときに、このプログラムの内容や進め方をどう捉えていくか。地域のために作品をつくるといえばわかりやすくて健全だけど、もっと自由に表現をして、無鉄砲で、しかもそれが完成したものでなくてもいいことを許容できる関係じゃないですか。そういうプログラムってすごく意味があるなと思います。