旅する地域考 2019夏編 未知の日常から、新たな問いと発見を生み出す。

旅する地域考 2020冬編 未知の日常から、新たな問いと発見を生み出す。

冬編 プレゼンテーション レポート

2020.1.15

小宮太郎/日比野桃子/今中真緒

 

「旅する地域考 辺境を酌む冬編」の最終日、にかほ市の「象潟公会堂」を会場に、15名の受講生が8日間の旅を通して感じたことを、自由な形式で発表しました。受講生たちのコメントとともに、5回に分けてご紹介します。

(※プロフィールは2020年3月時点の情報です)

 

 

#7 小宮 太郎  Taro Komiya

「from white flat to B flat」

 

床の上に長方形に敷いた籾殻をスクリーンに使った映像作品。籾殻の上に、さまざまな風景が立ち現れた。小宮が旅で得たキーワードは「硬質な景色」「柔らかなもの」「平ら」。岩の上を流れる湧水、鮭の卵、雪景色、海岸、海苔づくりなど、3つのキーワードに沿った質感と連続性を意識した映像の中に、ハサミで紙を切る手のアップを象徴的に挿入した。このほか、地域で採取した泥と日本酒を混ぜて作った絵の具で描いたドローイング作品を展示。プレゼンテーションは、日比野桃子とコラボレーションした。

 

(Photo: Kaya Tei)

 

<Statement>

平な白い世界から、平な青い世界へ。

雪に覆われている世界。全ての質感を覆い隠す世界。

山から海へ向かう、水のベクトルに委ねながら、逆らいながら、様々なものが育まれる。

再び平になる。平な青い世界の傍らで、漁師さんがピンク色のハサミで海苔を収穫している。

刈られた海苔をすのこの上で、綺麗に平にしていく。

“黒い平なもの”は、近くで見ると、荒々しい波のようでもある。

 

籾殻に映像を投影した。白い景色からさまざまに質感が転換されて青い景色を映し出す。

上映後、籾殻の上で日比野さんに踊ってもらう。

その動きによって籾殻は波のように動いていく。

日比野さんは、水色のハサミで髪を切る。

髪の毛は波の中に沈んでいく。

 

(photo: Yoma Funabashi)

小宮 太郎 

アーティスト。1985 年神奈川県生まれ。京都造形芸術大学大学院芸術研究科芸術専攻(博士課程)修了 。大津市にてシェアスタジオ「山中suplex」を主宰、運営する。人と目の前にある事物との関係の中で育まれるイメージの在り方について考察しながら、人の意識の中で立ち上げられたビジョンを再提示するための装置を制作する。

 

 

 

#8 日比野 桃子  Momoko Hibino

「見たことのない踊りを踊る #1」

 

小宮太郎に続き、日比野が床に敷いた籾殻のステージでパフォーマンスを上演した。鑑賞者には戯曲を配布。「この旅では実際に見ることができず、想像力を働かせなければならない場所が多かった。だから、言葉で風景を立ち上げたかった」。

パフォーマンスでは、元滝伏流水や小砂川海岸など、小宮が先に投影した風景を歩いてきた「旅人」が、リュックを降ろして寝そべった。静かに上半身を起こし、ポケットから取り出したハサミで髪を切り、籾殻の中に落とす。ひと呼吸おいた後、自由に身体を動かした。

終演後の乱れた籾殻には、踊りの形跡と日比野の身体の一部が残された。

 

(photo: Yu Kusanagi)

<Statement>

私が戯曲を書いたのは、言葉を信じたかったからでした。

私たちはどんな風景を共有し、しなかったのか。

旅の中で私が触れた言葉、身体に残った記憶、それらを咀嚼したところから湧き出た映像を書きとめ、配置し、再構成したものを「戯曲」としました。

プレゼンテーションの15分間で私が見せたものはあくまでその上演の一形態であり、全ての人に、上演の権利があります。

たとえば1年後の私が、たとえば同じ旅を共にした人が、たとえば全く共にしなかった人が、この旅を通して私の身体を通過した言葉から何をイメージし、どのような風景を立ち上げるのか。それを見てみたいと思いました。

そんな可能性を、旅の形跡を、残しておきたかったのです。

 

(photo: Yoma Funabashi)

 

戯曲「見たことのない踊りを踊る#1」

 

登場人物:

A 空を見ている。

B 海を射ている。

C 人を見下ろしている。

切株  少なくとも7日前までは【木】だった。

【旅人】

 

 

何かがループする流れの中に佇む。

観客は、まるで___のようにそれを見下ろしている。

A 背中に声を感じながら相槌を打つ。

 

A (あ~)

A (へ~)

A (うん、うん)

A 空を見たいのに、最近よく見えない。

A (なるほどね)

A (いいじゃん~)

A (いってらっしゃーい)

A (あ、、うん、ありがとう)

 

何かがループする流れに佇む。

観客は、まるで___のようにそれを目で追っている。

B、集まってきたものたちに話しかける。

 

B (今年はなんというか、みんな個性的だね。)

B (君は誰のものだったの?)

B、遠くの線を見つめる。

【旅人】が近寄る。ハサミを取り出して、まじまじと眺める。

 

B (あ、もうどんどんいっちゃってください)

B (あ、はい、そんな感じです、ありがとうございます)

B 昨日きいた歌を歌いたいが、思い出せない。

B (お誕生日おめでとう)

B (その耳飾り、すてきだね)

 

何かがループする流れに佇む。

観客は、まるで___のようにそれを喜んではいない。

C、誰かの里帰りを待っている。

 

C (あー、えっ、かみなり?)

C (何があるかわかんないよね)

切り株、頷く。

C (みんなけっこう、いいかげんだよね)

C (信じてるのかな?)

C (あ、ありがとう)

 

気まずい空気が流れる。

Bは、空気を読んだことがないのでまだ何ごとかを喋っている。

 

ダンスシーン

 

B (この曲嫌いなんだよね)

C (爪楊枝いる?)

A (あ、ありがとう)

 

A、小さい頃に描いた絵のことを思い出している。

視線の先で、ずっと何かがまわっている。

 

終演。

 

(photo: Kaya Tei)

日比野 桃子 

1996 年千葉県出身。東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科在籍。人の営みの中の踊りという行為に関心がある。場所を移動しながらその土地を身体に取り込み、自らの振舞いを観察し、記録する。「旅する地域考」夏編を受講。

 

 

 

 

#9 今中 真緒  Mao Imanaka

「すべてを知る、そして食らう ― taking the all, and eat」

 

「自分で集めた食材を食べる」というパフォーマンス。白い布をまとった今中が一礼をすると、身体を覆うように食材風景の映像が投影された。旅の途中で入手した食材は、箕輪鮭孵化場の鮭とイクラ、小砂川海岸の岩海苔、元滝伏流水のクレソンなど。映像や音を自分の動作とシンクロさせて、次々と食べ続けた。孵化場のシーンでは、撲殺される鮭、腹を裂いて取り出されるイクラの映像とドローイングが交互に流れ、今中も飛び跳ねる鮭のように動く。本物のイクラを素手でむさぼり、鮭の慰霊碑が映し出されると静かに手を合わせた。「自分のためのパフォーマンス。こうすることで鳥海山麓の水環を体内に取り込んだ」。

 

(photo: Yoma Funabashi)

<Statement>

「私たちが普段口にしているものは一体何だろう」。コンビニのおにぎりはもちろん、スーパーの材料で母親が作る料理さえ、それが何か知らずに口にして、味のみで判断している。疑問すら抱いたことがなかったが、秋田に来て、見て聞いて口にする中で、それはおかしいのではないかと思った。そこで海苔、鮭、イクラ、山菜などの食材を全て自分で集めることとした。当たり前のように美しく生活する生き物をちぎり取り、拾い集め、採取し、食すということは暴力的であるとさえ思ったが、私は毎日そのようなものの積み重ねを口にしていたのだ。これは日常の食とは全く異なる体験であり、私の食への価値観を改める大きなきっかけとなったのである。

 

(photo: Yu Kusanagi)

今中 真緒 

東京藝術大学美術学部建築科4年。子供の頃からものづくりに強い興味を持ち、建築を学ぶに至る。「旅する地域考」では、秋田の豊かな自然の中に身を置くことで新たな自分の制作スタイルを発見したいという思いで参加を決意。2020年4月より同校大学院樫村研究室に進学予定。

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